COSMOS日々思うこととか。

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関西弁の文体 22:41

購読している新聞の書評欄で川上未映子さんの存在を知り、
同年代というのもあるのだけど、
彼女の書評になんとなくシンパシーを感じるものが多くて
(おそらく哲学的な部分が自分の根底にあるものに近い)、
以来だだーっと川上未映子さんの作品を読んでいます。

芥川賞受賞作のこの作品を本屋で探していたのに(基本何々賞とか興味ないんだけどね)、
一向に見つからない、これはどういうことだ?と思っていたら、
ちょうど文庫化されたところだった。
800円くらい浮いたか。まぁ、焦らなくてよかった。

作品の感想はというと、端的にいうとノイズを残していくなぁと。
必ずしも物語の伏線が回収されたり、結末が描かれているわけではないので、
なんとなく読後感にざわめきが残る。村上春樹ちっくな感じもなきにしもあらず。

そういえば村上春樹がサリンジャーの『フラ二ーとゾーイ』を
関西弁で翻訳したいなとエッセイで書いていたら、
川上未映子さんはエッセイで部分的に関西弁訳をされていたので、
彼女が村上春樹を読んでいる可能性はかなり高い。

肝心の物語は女性の心理や体を扱ったものなので、
僕が男性である以上入り込めない場所があるのは確か。
ただ、物語の途中にある主人公の哲学的な思索および対話には共感できるし
(ここの議論は多少浮いちゃっているかもしれないとは思う)、
肉体が女性へと変化していくことを頑なに拒む姪と
女性性を取り戻すために必死な姉の間で揺れる主人公の気持ちは理解できる。

最終的に姉親子を和解と呼んでいいものかはわからないけれど、
閉じられていた親子関係のチャネルが再び開かれ、
姉親子の遠方に住む主人公の家で発生するのは、
親子関係の間に主人公が立つことで
母、娘両方にみずからを省みる機会となったのではないかと思う。

行き詰まった関係というのは、
両者にとってほどよくキョリが置かれた人によってほぐれることはあるなぁと
自分の体験を振り返ってみてふと思った。

タイトルの関西弁とは実はあんまり関係ない話にいってしまったけれど、
この作品での関西弁の文体というのは不思議なリズムを醸し出すというか、
実にしっくりきている、作者の思考というか言語が反映されている。
多分、標準語ではしっくりこないと思う。
物語を読むときに関西弁のアクセントが文章のリズムが奏でられるので、
関西弁に親しみがない人にはとっつきにくい作品かもしれない。

最後に文庫本の帯には一夜にして日本文学を変えてしまった
という大仰なキャッチがあるけれど、
確かに哲学の基本である対話が物語の構成に組み込まれ、
それでいて読者を物語の世界へ引き込む重力があるといった点で、
日本文学に疎い僕には新鮮だったのは確かである。

これからの作品が楽しみな作家を見つけられて嬉しい。

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